本記事は、獣医師国家試験の出題基準を一から解説しようとする一大プロジェクトです。
獣医学の基本的事項の「Ⅱ生殖と行動」編、「行動学各論」です。
コミュニケーション行動
信号の重複と儀式化
動物が行うコミュニケーション行動には、大きく分けて「意図的に情報を伝える信号」と、「意図せず周囲に漏れ出る信号」の二種類があります。これらは動物の感情や意図、社会的立場を他者に伝え、群れの中での衝突回避や協調に大きく貢献しています。
たとえば、
攻撃的なイヌが、歯をむき出したり、低く唸る行動は「これ以上近づくな」という明確な意図を持った威嚇信号であり、これは意図的な情報伝達にあたります。
一方で、こわがりなイヌが診察台の上で震えているとき、その体の震えや耳を伏せる姿勢、しっぽを巻き込むなどの行動は、本人が伝えようとしていなくても、周囲に「怖いなぁ・不安だなぁ」という感情が意図せずに漏れている状態です。これが非意図的な(受動的)信号の例です。
社会的・生殖的・生存的に重要な状況では、全身を使って様々な信号を表現し「視覚」「聴覚」「嗅覚」的に訴えるように自身の意図を強調します。これを「信号の重複」といいます。
またある程度パターン化された形で発達することもあります。これを「儀式化」と呼びます。
このように、動物のコミュニケーション行動には多様な信号が使われており、それぞれの意味や使われる場面の重要性に応じて、意図的か非意図的か、単独か重複か、そして儀式化されているかといった特徴が見られます。これらを読み取ることで、動物の心の状態や社会関係をより深く理解することが可能になります。
生殖行動
生殖戦略
げっ歯類のマウスは短い妊娠期間で複数の未熟な子を産みます。目も開かず、自力で体温調節もできない状態で生まれてくるため、巣の中で母親が献身的に世話をします。
このような「r戦略」では、数の多さで生存率の低さを補おうとする戦略です。
一方で、象の繁殖戦略はまったく異なります。
長い妊娠期間を経て産まれてくるのはたった1頭であり、生まれたその日から子ウマは母親の後を追って歩き回ることができます。このように身体も行動も成熟した状態で生まれてくる種は「早成性動物」と呼ばれ、生き残り重視の「K戦略」をとっています。
K戦略の母親はきわめて排他的で、自分の子ども以外を受け入れず、強固な母子関係を築くのが特徴です。

r戦略は”量”でカバー、
K戦略は”質”でカバーする戦略なんだね!
このように、哺乳類の生殖行動は種によって劇的に異なり、それぞれが環境に適応した形で進化してきたのです。そして、こうした違いの背景には、「配偶システム(mating system)」という興味深い行動生態の仕組みが存在します。
配偶システム 4つ
このうち「一夫多妻制」と「一妻多夫制」をまとめて「複婚(polygamy)」と呼び、哺乳類では最も一般的に見られる形です。
多くの哺乳類社会では、雄は繁殖の時期にだけ群れに合流することが多く、基本的に雌中心の社会構造が成り立っています
雄の繁殖成功は、「どれだけ多くの雌と交尾できるか」にかかっており、結果として雄どうしの競争は熾烈です。この激しい競争が、ライオンのたてがみやシカの角のような**誇示的な形態の進化(性的二型)**を促してきました。
一方で、妊娠・出産・授乳という重い負担を担う雌にとって、繁殖成功とは「どれだけ優れた雄の子を残せるか」という点にあります。

ほほぉ、雄は求める性、雌は選ぶ性なんだね!
僕は選ぶ側にいたいなぁ、、、
性行動
性行動の意味合いは「遺伝情報を後世へ継承する」ことにあります。
性行動は「欲求行動」から「完了行動」までを指し、このメカニズムは 視床下部 – 下垂体 – 性腺 という内分泌系の影響を強く受けています。
性行動を引き起こさせる刺激は、五覚を通して伝えられますが、中でも「フェロモン」による嗅覚刺激が最終的に重要な役割を果たします。
育児行動
育児行動(母性行動)の特徴はいくつか挙げられます。
育児行動の特徴
母親からの育児行動は、
社会性や性行動の基礎を新生子に提供するための重要な役割を担っています。

このような利他的行動は、
自然界では母性行動以外ではほとんど見られない特殊な行動なんだよ!
育子行動には「単胎(single offspring)」と「多胎(multiple offspring)」で大きな違いがあります。
ウシ・ウマなどの単胎動物であれば、
子は一頭ずつ生まれ、出生当日から立ち上がり母親を追走できるほど成熟しています(早成性)。母親は産後すぐに群れへ戻り、自分の子だけを排他的に授乳・防護する傾向が強いことも特徴の一つです(排他的母性行動)。
一方イヌ・ネコなどの多胎動物であれば、
子は7〜8頭と多数で、目も開かず運動能力も未成熟(晩成性)ですが、母イヌ・ネコは他の雌の子も含めて比較的寛容に世話をします。

実際、イヌがネコの子を育てるケースがあるもんね!
母子の相互認識には視覚、聴覚そして嗅覚のすべての手がかりが当然大切になりますが、「絆」も重要な要素で、特に単胎の動物においてひとたび「絆」が形成されると母性行動は発現し、また他の子を排除しようとします。
社会行動
「社会行動」とは同種の複数の個体間で交わされるさまざまな行動学的な相互作用の総称であり、動物種ごとに特有の交流パターンが存在しています。
動物に適切に接するには、
その動物種に固有の社会行動様式を理解することが重要になります。
群れの社会構造
動物が群れることには、以下のようなメリットがあります。
群れることの意味
一般的に群れは「グループ」と呼ばれていますが、動物によって様々です。
例えば草食動物の群れは「ハード」ですし、オオカミであれば「バック」、ライオンであれば「プライド」と呼ばれます。
群れの中に一定の組織性をもつ社会性動物は、一般に序列が形成され優位個体(ドミナント個体)による「威嚇 行動」は劣位個体に「服従行動」を引き起こします。

オオカミであれば、αが最上位だよね!
社会的距離のレベル
敵対的行動
敵に対する攻撃行動は、
その目的によって攻撃性のレベルが異なっています。
たとえば、食物・縄張り・配偶相手など限られた資源や社会的序列を巡る争いによって生じる攻撃行動を「競合的 攻撃行動」、また本来の攻撃対象に攻撃できない際、近くの別個体や物体に向かう攻撃行動を「転嫁性 攻撃行動」といいます。
攻撃行動の種類
親和的行動
群れの中では競争や敵対だけでなく、仲間同士の絆を深める行動も多く見られます。これを「親和的行動」と呼びます。
代表的な親和的行動
自分の犬が、他の犬と接触したとき、
相手の鼻に近づき臭いを嗅ぎ、ついで陰部の臭いを嗅ぐ行動が「挨拶行動」です。
維持行動
摂食行動
「摂食行動」は、生物が生きるうえでの基盤になる行動です。
草食動物と肉食動物がいるように、遺伝的にその「嗜好性」は決まっています。
雑食性の動物にとっては、幼少期に様々な食物にふれることでその嗜好性の幅が広がることがあります。
一方で腐敗した食物や毒のある食物を摂取して、不快情動が引き起こされると、その匂いや味を記憶・学習して二度と食べなくなる「味覚嫌悪」が生じることもあり、「嗜好性」は情動と密接に関わっています。

小さいときにいろんなフードを食べさせておくと、フードの切り替えが簡単になったりするんだよね!!!
野生の動物では、特定の栄養素が不足する「特異的 飢餓」の状況に陥ると、積極的に不足した栄養素を補うために食性を変化させることがあります。
排泄行動
「排泄行動」は、不要物の生理的な排出であるだけでなく「マーキング」のような社会行動も担っています。
「マーキング」は、性腺からの「アンドロジェン」の影響をうけるため「去勢手術」によって多くは消失します。

去勢してもマーキングが消えない場合もあるよ!
ちゃんとインフォームしようね!
身づくろい行動
「身づくろい行動」は一般的にグルーミングと呼ばれます。

身づくろい行動は、そもそも社会行動の一つだよね!
グルーミング 種類
母親からの「オーラルグルーミング」をされた新生児は、その後の不安傾向や攻撃性が低くなるとされており、成長後の社会性に大きく影響を与えます。
過剰なグルーミングは「舐性皮膚炎」を引き起こす可能性や、舐めすぎるせいで毛を沢山飲み込むことでの「毛球症」の可能性もあるため注意が必要です。

ねこが不安を抱えたときに、ほんの短いグルーミングが観察されることがあるよ!
注意深く観察してみてね!


